熱中症対策−3
9.日常生活での注意事項
熱中症は生命にかかわる病気ですが、予防法を知っていれば防ぐことができます。熱中症を防ぐためには、日常生活における注意が基本となります。
⑴暑さを避けましょう。
【熱中症の予防法】
①暑さを避けましょう。
②生活環境を改善しましょう。
【具体例】
●日陰を選んで歩きましょう。
●テントを張り、軒を出しましょう(屋外での活動時)。
●朝のうちに打ち水をしましょう。
●ブラインドやすだれを垂らしましょう。
●日傘をさしましょう。
●帽子をかぶりましょう。
●扇風機や空調(エアコン)を使いましょう。
⑵服装を工夫しましょう。
●皮膚表面まで気流が届き、汗を吸って服の表面から蒸発させることができるものが理想です。
●近年開発されている吸汗・速乾素材や軽・涼スーツなども活用しましょう。
●太陽光の下では、輻射熱を吸収して熱くなる黒色系の素材は避けた方がよいでしょう。
●首周りをネクタイや襟で締めると、前胸部の熱気や汗が出て行きにくくなり不快感を生じます。襟元はなるべくゆるめて通気しましょう。
●熱中症を防ぐために、そして、地球温暖化防止のためにぜひ、クールビズ「COOL BIZ」を実行してみてください。
⑶空調設備(エアコン)使用のポイント
① 設定温度
エアコンの設定温度は、機械のセンサーによって実態とかなり異なっている場合があります。人が居る場所での気温を正しく測定するように心掛けて、28℃を超えないように適切な温度となるようにしましょう。また、エアコンの設定温度が低く(24℃を下回る)、外気温と室温の差が大きいと出入りする際に体の負担になります。室内の人数、身体活動強度、服装などに合わせて、上手に調節しましょう。
② 気流
エアコンの気流は、冷気が長い時間直接人に当たらないように気流の出口を向ける工夫をしましょう。また、冷気が部屋の下層のみに溜まってしまわないように扇風機を組み合わせて対流させましょう。なお、広い空間などエアコンが効かないところでは、人が居る場所に冷風を送るスポットクーラーを利用したり、外気を取り入れて対流させる大型換気扇を利用したりしましょう。ただし、スポットクーラーからは逆向きに熱風が出ていますので、設置場所に注意しましょう。また、気温が体温よりも高い場合には、扇風機は熱風を送ってしまい、逆効果になることがありますから注意しましょう。
③ 輻射
人間が感じる暑さには、気温・湿度・気流だけでなく、太陽光や地面からの照り返しなどのように高温の物体から直接・間接に受ける放射熱(輻射熱)も関係します。エアコンをつけていても、日光や,発熱体からの輻射熱を受けると、暑さを感じます。窓から入る太陽の光は遮光フィルムやカーテンなどで遮断し、エアコンを効果的に使いましょう。
⑷こまめに水分を補給しましょう。
「水分を摂り過ぎると、汗をかき過ぎたり身体がバテてしまったりするのでかえってよくない」というのは間違った考え方です。体温を下げるためには、汗が皮膚表面で蒸発して身体から気化熱を奪うことができるように、しっかりと汗をかくことがとても重要です。汗の原料は、血液中の水分や塩分ですから、体温調節のために備えるには、汗で失った水分や塩分を適切に補給する必要があります。
暑い日には、知らず知らずにじわじわと汗をかいていますので、身体の活動強度にかかわらずこまめに水分を補給しましょう。特に、湿度が高い日や風が弱くて皮膚表面に気流が届かない条件の下では、汗をかいても蒸発しにくくなりますので、汗の量も多くなります。その分、十分な水分と塩分を補給しましょう。
また、人間は、軽い脱水状態のときにはのどの渇きを感じません。そこで、のどが渇く前あるいは暑いところに出る前から水分を補給しておくことが大切です。
なお、どのような種類のお酒であっても、アルコールは尿の量を増やし体内の水分を排泄してしまうため、汗で失われた水分をビールなどで補給しようとする考え方は誤りです。一旦吸収した水分も、それ以上の水分がその後に尿で失われてしまいます。
⑸急に暑くなる日に注意しましょう。
熱中症は、例年、梅雨入り前の5月頃から発生し、梅雨明けの7月下旬から8月上旬に多発する傾向があります。人間が上手に発汗できるようになるには暑さへの慣れが必要です。
暑い環境での運動や作業を始めてから3~4日経つと、汗をかくための自律神経の反応が早くなって、人間は体温上昇を防ぐのが上手になってきます。さらに、3~4週間経つと、汗に無駄な塩分を出さないようにするホルモンが出て、熱痙攣や塩分欠乏によるその他の症状が生じるのを防ぎます。このようなことから、急に暑くなった日に屋外で過ごした人や、久しぶりに暑い環境で活動した人は、熱中症になりやすいのです。暑さには徐々に慣れるように工夫しましょう。
⑹暑さに備えた身体作りをしましょう。
熱中症は梅雨の合間に突然気温が上がった日や、梅雨明けの蒸し暑い日によく起こります(16頁、図2-3参照)。このようなとき身体はまだ暑さに慣れていないので熱中症が起こりやすいのです。暑い日が続くと、身体がしだいに暑さに慣れて(暑熱順化)、暑さに強くなります。この慣れは、発汗量や皮膚血流量の増加、汗に含まれる塩分濃度の低下、血液量の増加、心拍数の減少などとして現れますが、こうした暑さに対する身体の適応は気候の変化より遅れて起こります。
暑熱順化は、日常運動をすることによっても獲得できます。運動の強さ・時間・頻度や環境条件に影響されますが、実験的には暑熱順化は運動開始数日後から起こり、2週間程度で完成するといわれています。そのため、日頃からウォーキングなどで汗をかく習慣を身につけて暑熱順化していれば、夏の暑さにも対抗しやすくなり、熱中症にもかかりにくくなります。じっとしていれば、汗をかかないような季節からでも、少し早足でウォーキングし、汗をかく機会を増やしていれば、夏の暑さに負けない身体をより早く準備できることになります。
⑺個人の条件を考慮しましょう。
熱中症の発生には、その日の体調が影響します。
暑さに対して最も重要な働きをする汗は、血液中の水分と塩分から作られます。脱水状態や食事抜きといった状態のまま暑い環境に行くことは、絶対に避けなければなりません。特に深酒をして二日酔いの人は、非常に危険ですから、体調が回復して、食事や水分摂取が十分にできるまでは、暑いところでの活動は控えなければなりません。
活動の後には体温を効果的に下げるように工夫します。そのためには、よい睡眠を取り、涼しい環境でなるべく安静に過ごすことが大切です。
風邪などで発熱している人、下痢などで脱水状態の人、肥満の人、小児や高齢の人、心肺機能や腎機能が低下している人、自律神経や循環機能に影響を与える薬物を飲んでいる人は、熱中症に陥りやすいので、暑い場所での運動や作業の負荷を軽減する必要があります。
【集団活動における熱中症対策のポイント】
●責任の所在を明確にし、監督者を配置しましょう。
●休憩場所を確保しましょう。
●その日の暑さや身体活動強度に合わせて計画的に休憩を指示し
ましょう。
●個人の体調を観察しましょう。
●体調不良を気軽に相談できる雰囲気を作りましょう。
●体調不良は正直に申告しましょう。
毎年、熱中症が多く発生し始める6月よりも前に、集団活動で管理が要求される分野では責任者を対象に熱中症についての予防や対策について周知することが大切です。
さらに、いざというときに紹介できる医療機関を調べておきましょう。実際に、医療機関で受診させる際は、運動や仕事の様子を説明できる者が同行するようにしましょう(22,23頁参照)。
10.どんなとき熱中症を疑う?
非常に暑い環境下であって、表2-1に示す症状があれば熱中症をすぐに疑うことができます。しかし、このような典型例ばかりが熱中症ではありません。ます、熱中症の発生は 、梅雨の合間に突然気温が上昇した日や梅雨明けの蒸し暑い日など、身体が暑さに慣れていない時に起こりやすいということを念頭に置いておく必要があります。図2-3は2010年夏の例ですが、梅雨明け後の7月下旬から8月下旬まで、高温により多くの熱中症患者が発生しましたが、とくに7 月下旬の最初の熱波で、多くの重症患者が発生しました 。
熱中症の危険信号として、次の症状が生じている場合には積極的に重症の熱中症を疑うべきでしょう。
スポ一ツ時の熱中症の発生は若年層に多く、労働時では20〜50歳代で多く、主に炎天下で発生しています(図2-4、図2-5)。
日常生活では、散歩中、自転車乗車中、バス停でのバス待ちなどの屋外で発症するほかに、室内での 家事、飲酒、店番などでも 発症しており、屋外より屋内での発症が多くなります。また、男性では10代〜70代の幅広い年齢層で発症していますが、女性では10代( スポ一ツ)と70〜80代(日常生活)で多くなります(図 2-6)。
11.日常生活で起こる熱中症
周囲の環境から受ける熱や運動によって生じた熱は、汗が蒸発する際の気化熱によって、皮膚から冷やされます。体温の維持には、この発汗作用に加えて皮下の血液循環状態が重要です。体内では、伝導によって身体の中心部の熱を体表面に運び、皮膚から周囲環境へ逃がしているのです。
人体の水分分布は図3-1に示すように、体重の53%が水分で、それらは血漿、間質液(組織液)、細胞内液に分けられます。また、概ね筋肉(骨格筋重量)の80%、脂肪(脂肪組織重量)の50%は水分で占められています。
一日の水分の摂取と排泄は通常はバランスがとれています(図3-1)。水分摂取としては、食事、飲み水、代謝水(体内で作られる水)があります。また水分排泄としては、尿、便、汗、そして呼気があります。これらの値の調節により、体内の水分バランスが保たれています。
⑴高齢者の特徴
①皮膚の温度感受性の鈍化
人が暑さにさらされると皮膚に存在する温度センサーが刺激され、その情報が脳にある体温調節中枢に伝達されます。その情報に深部からの情報も加えて体温調節中枢が暑いと判断すると、皮膚血流量や発汗量の増加が起こるとともに(自律性体温調節)、衣服の調節や冷房の利用などといった行動性体温調節がひき起こされます。高齢者では皮膚の温度感受性が鈍くなり、暑さを自覚しにくくなるので、この行動性の体温調節(衣服の調節や冷房の利用)が遅れがちになります。皮膚の温度感受性が鈍くなると、自律性体温調節の発動も遅れてきます。この行動性と自律性の体温調節の遅れが、体に熱をため、熱中症の発生へと繋がります。
そのため、高齢者は、部屋に『温度計』を置き、部屋の温度をこまめにチェックし、部屋の暑熱環境を把握するように心がけましょう。
②暑さに対する耐性の低下
脳が暑いと判断すると、自律性体温調節として皮膚血流量や発汗量が増加します。高齢者になると、体温の上昇に伴う皮膚血流量と発汗量の増加は遅れるようになります。そのため、高齢者は若年者より熱を放散する能力が低く、身体に熱がたまりやすくなり、深部体温がより上昇します。
暑くなると、皮膚への血流量が増加するため、心臓にもどってくる血液量が減少します。それを補うために心拍数の増加などが観察され、循環器系への負担が大きくなります。このような状態になると、循環器系に問題を抱えていることが多い高齢者は、トラブルを起こしやすくなります。このことにも十分留意する必要があります。
日常的に運動して若年者と同等の体カレベルをもつ高齢者では、若年者に劣らない暑さに対する耐性(同等の発汗能力など)を持っていることが明らかにされています。このことは、高齢になっても日常的な運動習慣を身につければ、高い体温調節能力を維持することができることを示しています。
【高齢者の体温調節機能が低下する理由】
●『暑い』と感じにくくなります。
●発汗・皮膚血流量の増加が遅れます。
●発汗量・皮膚血流量が低下します。
●のどの渇きを感じにくくなります。
③ 体内の水分量の変化
高齢者になると、体組成は若年者と比べて大きく変化します。すなわち、筋肉量が減少し、脂肪量が増えているということです。この変化は結果として、同じ体重であっても高齢者の体内水分量は若年者より減少していることを表しています。これに関して、高齢者は若年者と同等に発汗した場合、脱水状態に陥りやすく、回復しにくいことも報告されています。脱水状態になると、若年者と比べ同じ深部体温でも発汗量や皮膚血流量が抑制されるため、深部体温の上昇はさらに大きくなります。
一般に脱水が進むと、のどの渇きが起こり、自然に飲水行動をとります。しかし、高齢者は、脱水が進んでものどの渇きが起こりにくくなっています。これは脳の脱水を察知する能力が低下するために生じているようです。そのため、発汗する機会が多くなる夏には、高齢者はのどの渇きが起こらなくても、早め早めに水分を補給する必要があります。
高齢者は、こまめに水を摂るように努め、運動開始前にもコップ1 ~ 2杯の水を飲みましょう。ウォーキングやトレッキングなどの間も15 ~ 20分ごとに、100 ml程度を飲むことによって体重の
減少をコントロールしましょう。もちろん環境によって、また運動の強さによってはそれ以上に水を飲まなければならないこともあります。日常生活においても、夏には特にこまめに水分を補給することを忘れないでください。
高齢のアスリートや運動をする人は、のどが渇いていなくても、水またはスポーツドリンクを定期的に飲む必要があります。わずかな体重の減少も、若年者に比べ高齢者ではより重大なこととして取り扱わなければなりません。