熱中症対策−1
1.熱中症とは何か?
■熱中症とは?
●高温環境下で、体内の水分や塩分(ナトリウムなど)のバランスが崩れたり、体内の調整機能が破綻するなどして、発症する障害の総称です。
●死に至る可能性のある病態です。
●予防法を知っていれば防ぐことができます。
●応急処置を知っていれば救命できます。
人は、環境によって体温が変動するカエルや魚などの変温動物とは違って、24時間周期で36~37℃の狭い範囲に身体の温度を調節している恒温動物です。体内では生命を維持するために多くの営みがなされていますが、そのような代謝や酵素の働きからみて、この温度が最適の活動条件なのです。
わたしたちの身体では運動や身体の営みによって常に熱が産生されますが、同時に異常な体温上昇を抑えるための、効率的な調節機構も備わっています。
暑い時には、自律神経を介して末梢血管が拡張します。そのため皮膚に多くの血液が分布し、外気への『熱伝導』による体温低下を図ることができます。
また汗をたくさんかけば、『汗の蒸発』に伴って熱が奪われますから体温の低下に役立ちます。汗は身体にある水分を原料にして皮膚の表面に分泌されます。このメカニズムも自律神経の働きによります。
このようにわたしたちの体内で血液の分布が変化し、また汗によって身体から水分や塩分(ナトリウムなど)が失われるなどの状態に対して、体内で適切に対処できなければ、筋肉のこむらがえりや失神(いわゆる脳貧血:脳への血流が一時的に滞る現象)を起こします。そして、熱の産生と「熱伝導と汗」による熱の放出とのバランスが崩れてしまえば、体温が著しく上昇します。このような状態が熱中症です。
熱中症は死に至る恐れのある病態ですが、適切な予防法を知っていれば防ぐことができます。また、適切な応急処置により救命することもできます。しかし、わが国における熱中症の現状をみる限り、熱中症の知識が十分に普及しているとは言えないでしょう。
2.熱中症はどのようにして起こる?
■熱中症の起こり方
【どのような場所でなりやすいか?】
高温、多湿、風が弱い、輻射源(熱を発生するもの)があるなどの環境では、身体から外気への熱放散が減少し、汗の蒸発も不十分となり、熱中症が発生しやすくなります。
<具体例>
工事現場、運動場、体育館、一般の家庭の風呂場、気密性の高いビルやマンションの最上階など
【どのような人がなりやすいか?】
●脱水状態にある人
●高齢者
●肥満の人
●過度の衣服を着ている人
●普段から運動をしていない人
●暑さに慣れていない人
●病気の人、体調の悪い人
さらに知っておきたいことは、心臓疾患、糖尿病、精神神経疾患、広範囲の皮膚疾患なども『体温調節が下手になっている』状態であるということです。心臓疾患や高血圧などで投与される薬剤や飲酒も自律神経に影響したり、脱水を招いたりしますから要注意です。
熱中症の発生メカニズム(発症機序)を理解するために表1-1に心臓から拍出される血液の量(成人の例)を示しました。65kg の体重であれば血液は約5㍑(体重の l/13)で、この量が安静時にはほぼ 1 分間で心臓から拍出されます。表1-1のように、運動時には安静時の何倍もの血液が心臓から拍出されます。そして、この表にあるように、運動時にはその増加分のほとんどが筋肉や皮膚に分布していて、胃腸・肝臓や腎臓などに行く血液が減ることが分かります。一方、脳には運動時でも一定の血液量が分布していることも分かります。運動したり、労働したりすると、体ではどんどん熱が作られますから、皮膚から熱が外気に奪われるように皮膚に血液がた<さん分布するようになります。汗も皮膚にある汗腺から分泌され、その元となる原料は血液です。つまり、運動時には、多くの臓器が通常より少ない血液の分布に耐えて、がんばっていることが分かります。こうした状況で脳への血流も 不充分になると 、『脳症状』が生じるわけです。
3.熱中症はどれくらい起こっている?
熱中症による死亡数は、1968年から2009年までの42年間で7,625件(男4,567件、女3,058件)に上っています。この間の熱中 症死亡者数の年次推移(図1-3 ) は、少ない年は26件(1982年)ですが、多い年は923件(2007年)に達しており、それぞれの年の気象条件によって大きな変動がみられます。なお、1995年以降の熱中症死亡数は年平均にすると353件と なり1994年以前と比べると多くなっていますが、これは1995年から死亡診断書の書き方が変わったことも関係していると考えられます。
これら、42年間の死亡数を男女別年齢階級別に示すと、男性では0〜4歳、15〜19歳、55〜59歳および80歳を中心とするピークが見られます(図 1-4 )。ー方、女性では0〜4歳および80〜84歳を中心とするピークが見られます。0〜4歳 は42年間で281件でありそのうち0歳が154件です。男性の15〜19歳はスポ一ツ場面、30〜59歳は労働場面での発生と考えられます。
65歳以上は日常生活での発生が多いと考えられます。また、65歳以上の発生数が 熱中症死亡総数に占める割合は、1995年は54%でしたが、2008年は72.1%、2009年は68.6%におよび、近年増加傾向にあります。
なお、消防庁の調査によると、2010年7〜9月の期間に全国で53,843人が熱中症で搬送されました。
4.熱中症による死亡と気象条件
真夏日は最高気温が27℃以上の日をさしますが、1年間の真夏日の日数が多くなると、熱中症死亡数も多くなります(図1-5)。また、図1-6は、熱帯夜(夜間の最低気温が25 ℃以上の日)の日数と熱中症死亡数の関係を示したもので、熱帯夜の日数が多い年ほど熱中症死亡数が多くなります。
図1-7の左図は東京と大阪の日最高気温別・熱中症死亡率を示したものです。横軸は日最高気温、縦軸はそれぞれの日最高気温1日当たりの熱中症死亡率(人口100万人当たり )を示しています。日最高気温が30℃を超えるあたりから、熱中症による死亡が増え始め、その後気温が高くなるに従って死亡率が急激に上昇する様子が見られます。図1-7の右図は同様の関係を日最高WBGT ※温度について示したものです。日最高気温の場合以上に、熱中症死亡率との関係がはっきりしており、日最高WBGT温度が28度を超えるあたりから熱中症による死亡が増え始め、その後 WBGT 温度が高くなるに従って死亡率が急激に上昇する様子が見られま す。日最高気温、日最高WBGT 温度とも、東京都、大阪府でほぼ似通った傾向が見られます。
※WBGT (暑さ指数)は、環境条件としての気温、気流、湿度、輻射熱の4要素の組み合わせによる温熱環境を総合的に評価した指標である。
図1-8は、年齢階級別に発生場所の種類別の熱中症患者割合を、図1-9 は、東京都および5 政令指定都市の2000年から2010年までの救急車で搬送された熱中症患者数を示しました。このように、わが国において熱中症は日常生活、運動、労働において発生すること、高温の日数が多い年や異常に高い気温の日が出現すると発生が増加することがわかります(図には示していませんが、特に高齢者のリスクが高くなります)。したがって、高温化現象(地球温暖化、ヒートアイランド現象)とともに高齢社会との関連から熱中症は今後の健康問題としてますます重要になってきます。